【野良バンザイ】

冬のお布団で寝てるネコに忍び寄る私。
みんな夢の中だからバレてない、よしよし。


我が家の猫3名のうち、2名は元野良。
1匹はその子供です。
猫や動物と一緒に暮らした経験のない私ですが、今では完全に家族。
いない生活が考えられないほど。

ふと
「そうか、私も野良だ。」
と気づきました。

私は本来、
「この仕事についている人はこういう学校出てるよね」
「これできるようになるには、こういうとこで習うよね」
という王道ルートを歩いたことがないのです。
アウトローを狙ったわけではなく、
「なんか興味もっちゃって脱線して、そこでシャカリキやっちゃった結果、こんな感じに仕上がってます。」
という着地。

全然違う分野の大学院中退だし、
製菓学校は行かずお店で習って今はお菓子屋だし、
語学学校も行ってないけど英語も拙いながらになんとかなるってるし、
経営の知識皆無だけど小さな頭で考えて、渉にも友人にも教わってどうにかなってるし、
そこに劣等感みたいなものはサラサラありません。
むしろ道なき道を歩くわくわく感と常に危うい崖っぷち感を味わいながら、サポートしてくれる家族や仲間のおかげで泣き笑い、ここまで来られました。
野良万歳とすら思っています。

ただ野良でもなんとかできているのは、両親の育て方のおかげだと特に最近感じています。
子供の頃から私自身に判断を委ね、
やりたいことを尊重して応援してくれて、
自由な発想の人が集まる学校に通わせてくれて、
人格のベースを形成する段階でそのような環境に身を置けたからこそ、
今の私があるとしみじみ感じています。

ちなみに「自由な発想の人が集まる学校」というのはどういうことかというと、
友達がどんな無謀なことをやりたいと言い出しても
「そうなんだ、頑張って!応援してる!」
と屈託なく言えるような人が形成される学校。
女子校かつ帰国子女が多かったせいもあると思いますが、
「あなたはあなた。私は私。お互い頑張ろうね。」
と、自分の目の前にいる友人を無条件に信じることができる。
そこで同時に自分のことも同じように信じることができるから、
「私はあの子と比べてダメだ」
とか
「私なんか」
という発想は生まれてきません。
良くも悪くもマイペース。

血統書もない野良は一般的にカーストの下辺に見られるのかも知れないけど、
私は強くて、しなやかな、野良になりたいと思う。

時に世知辛い世の中を孤軍奮闘できるたくましさと、
何か困った時に仲間をサポートできる懐の深さを身につけるぞと。