【やりたい事と逃げる口実】

私は今、心配なことがあります。
「自分の感覚がおかしくなってしまわないか」
という心配。

TSUCURITE を取り巻く環境がすごい勢いで変わっていってる気がして、
それについて行けていない自分がいて、
一方では変に傲慢になってしまわないか、自分で自分を監視しています。
写真のちーちゃんのように。

第三者から見たらほんのちょっとの変化なのは間違いなく、
お店を構えないで営業していた過去8年間で一区切り、そしてお店を構えてからがリスタートだから環境が変わるのは当たり前なんだけど。
そこについて行けていない自分を否定するわけではなく、
「なんかフワフワしてるから気を付けよう」
と思っています。

先日友人から
「自分の力不足で」
「私の能力不足で」
という言葉を聞く機会がありました。
自分に変なレッテルを貼って追い詰めるならそんな思考は何も生まないし、
そもそもあなたの能力は不足してないから、そこは勘違いしたらいかんと伝えました。


もちろん客観的に見て事実そうである事もある、がしかしそれはその時点での話。
その人だけではなくて環境要因などなども絡んだ結果なので、その事実のみを確認したらそれはすこーんと忘れた方がよいと個人的には思っています。
精一杯やって上手くいかなかったなら、その疲弊しきった状態でそれ以上
「頑張る」
と言ったところで生産性が悪いし、
「どうせ私なんて」
みたいな思考は誰にとってもプラスにならないから。(その友人はそんな人ではないので安心ですが)
もちろんその友人が精一杯やり切った事はわかっているからそう言ったのですが、
もし精一杯やりきっていなかったら、そうは言えなかっただろうな。
友人と数年後に笑い飛ばそうと思います。

同じ失敗を繰り返すのは時間とエネルギーの無駄だと思うけど、
「あの時あぁしておけば」
なんて今更言っても何も変わらないので、だったら今やればよい。

そんなことを思うのはお客さんや友人と話している時。
「○○をやりたいんだよねぇ」
と言われて、
「いいね、楽しそうだね、応援する!」
と返すと
「でも家族が…」
「まだ勉強が足りないから」
と本人の中での “できない理由” が返ってくることがあります、というかそれがほとんどです。

そんな時に私は
「テスト前の自分」
を思い出します。
学生時代、
「テストが終わったら絶対あれやろう」
と思っているのに、いざテストが終わるとやる気がおきない。
結局は嫌な事から逃げたいって気持ちだけで、「やりたい」と思っていたつもりだったことは大してやりたくもないことだったんだなと気付く。

その環境から逃げる口実が、自分のやりたい事とすり替わっている事を本人も気付いてない事って多々あると思うのです。
例えば、会社が嫌だから自営業になりたいとか、配偶者と対等になりたいから私も小さなビジネスを始めたいとか、家族関係がうまくいっていなくてできるだけ外にいるために知り合いとの集まりの機会を多く作ろうとか。


そして本当にやりたいことなら、障壁があったとしてもどうにかできる方法はないかと模索するだろうし、言い訳なんてしないし、
なにより自然と環境が整ってくるとも思う。
なぜなら、本当にやりたいことだったら周りにも伝わりやすい行動が伴うし、一緒にワクワクしてくれる人が集まってくるし、周りが応援したくなるから。

ちなみに私がやりたい事は
「お菓子を通してみんなでワクワクしたい」
です。
きてくださるお客さんや、周りの仲間をみていると、皆さんワクワクと楽しんでいる人が多いので、私の思いは行動に出ているのかなと思ったり。
そして私は両家族が完全バックアップしてくれていること、応援してくれる仲間やお客さんに心の底から感謝しています。
いくら私がやりたいことをやっているからといって、ここまで環境が整っているのは本当に恵まれているなぁ。
行けるとこまで行くぞぃ、一緒に楽しんでくれる仲間よ、ともに行こうぞな!

この先が楽しみだなと思える環境に身を置けていることに感謝です。