【離れて暮らしてわかったこと】

相棒が単身で常滑市へ行ったのが昨年7月。
向こうでの生活も落ち着いてきた頃から毎日のようにFaceTime(テレビ電話)がかかってきました。

何か用事がある場合もあるけど、大概はそうではありません。
気の抜けた普段通りの私が動く姿を見ることで、相棒は何か取り戻しているような印象でした。
お互いパソコンの仕事をしていたり、私はご飯やお菓子を作っていたり、外で友達と飲んでいたり、
相棒はお風呂に入っていたり、こちらをぼーっと眺めていたり、姿が見えたり画面から消えたり。
そんな相棒は
「こっちに1人で来て、とても勉強になった。」
と再三にわたり言っています。
私も離れて暮らして初めてわかった事がたくさんありました。
それが
「半分は常滑で相棒と暮らし、半分は東京で暮らす」
という選択に繋がったのは言うまでもありません。

初心を忘れないように、書き留めておこうと思います。

離れて暮らしてわかったこと

1、お互いの役割分担

我が家は特に家事分担をしていません。
ただ私の方が行動が早いせっかちなタイプだし、相棒は一つの事に没頭するタイプなので、結果的に私が家事を担っていました。
しかしお互い人生初の一人暮らしになり、相棒は
「仕事して日用品を買いに行ったら1日が終わっちゃう。こんなに買い物が大変だとは知らなかった。」
と。
ゴミを出しそびれて悔しい思いをしたり、いろんな気づきがあったようです。
その結果、
” ギリギリまでやらない ” のではなく ” 余裕を持ってやろう ” という心意気を持つようになり、前より段違いにしっかりしました。

私はというと、
「安定して稼いでいる相棒がいるから、私は自由にしていられる。」
という事を実感しました。
お菓子屋は季節変動が大きく、量を製造してナンボの業種。
今はまだ30代だからいいけれど、50代で同じ働き方ができる気はサラサラしません。
だからと言って店舗を構えるのは今じゃなくてもできる事だし、長期的に続けられてもっとワクワクする働き方を模索しているわけですが、
そんな模索をする余裕があるのは相棒がいるからなんだよな。
負けん気の強い私は
「相棒より稼ぐぞ!」
と意気込んでいた時もあったけれど、今はちゃんと自分の立ち位置を認める事が出来ました。

2、同じ釜の飯を食うことの意味

子供の頃にあまり食べられなかった反動でジャンクフードを食べたがる相棒が、
「コンビニのご飯は美味しくない。家のご飯がどんなに幸せかわかった。」
と言います。
私は一人暮らしになっても家にいる時は100%自炊。子供の頃からお惣菜が食卓に上がることはない家で育ったのでお惣菜を買った事は皆無ですが、
「相棒がいたから、ちゃんとバランスを考えたお料理をしていたんだ」
ということがわかりました。
1人だと品数も要らないし、お酒を飲んだらおつまみみたいな御飯になってしまうし、栄養バランスがよろしくない。
しかも2人して共通して感じたのは、
「1人で食べると食の満足感が薄い」
という事。
お腹はいっぱいになっても
「ご飯を食べたぞ。」
という満足感が得られないので、つい食べ過ぎてしまうようです。

食は誰かと一緒に食べるという経験や時間を含めて満足感を得られるものなんだと実感しました。

3、ベースがあるから個人活動を楽しめる

大型バイクが趣味の相棒は
「あなたが家の事をやってくれてたから、僕はバイクでどこか出かけて楽しむ事が出来てたんだとわかった。」
と。
私側から言えば、やらされてる感覚はなくて、
「お洗濯物が溜まるのは気になるからやる。食材や消耗品が切れるのは嫌だから買いに行く。お料理をしたいからする。」
という感覚なのですが、初めての一人暮らしで相棒は家事の大変さを実感したらしい。
一方、一人旅に行きたがる私からしたら、
私 「台湾に行ってくる。」
相棒「気をつけて楽しんでおいで。」
と相棒が送り出して、帰って来るのを待ってくれているから安心して行く事が出来る。

つまり、戻る場所があるから好きなことをできるんだということ。
わかっていたつもりですが、改めてそんなことを感じました。

4、2人で一緒に過ごす時間の大切さ

相棒は
「何気ない普段の生活がどんなに幸せかわかった。」
と言います。
別行動の多い2人ですが、同じ家に暮らしていると必然的に会話が生まれて、時間を共有する。
同じものを食べたり、見たり、同じ経験をする事を後回しにしていたなと気付きました。
ずっと一緒にいると疎ましく思ってしまう事もあるけれど、人生は永遠ではないし、明日どちらかがいなくなる事だって多いにありえる。
写真は常滑の家のすぐ近くにある神社に行った時の一コマです。
特に用事があるわけでもなく、ふらりとお参りに行きました。
以前の私たちだったら、そんなことをしようと思わなかったし、したとしても楽しめなかったよな。
歩いて2分くらいのホームセンターへ一緒に行くのにワクワクしたり、
スーパー併設のおむすび屋さんの天むすが美味しいらしいと覗いてみたり、
なんてことない日常の生活を楽しむことを忘れていたと気づきました。

5、チーム力の弱さ

これまでの10年ちょっとで我が夫婦は” お互いがやりたい事を自由に出来る関係 “を築く事が出来ました。
結婚当初にはできなかったけれど、10年かかって今は誇れる大きな財産となりました。

私が
「一人旅行って来るわ。」
相棒が
「バイク買い換えた。」
とお互い事後報告だと友人に話すと
「怒ったりしないの?」
と驚かれるけど、私達の間では
「気をつけて。」
と言いあうだけで、それ意外に思うことはありません。
相手を自分の思うようにコントロールしたいと思わないし、何より
” お互いがやりたい事をやりたいようにやれる関係でいたい ”
と言う共通認識があって、相手がそうしてくれるから自分も相手にそうしたいし、仕事も頑張ろうと思えます。

しかし、協力して一緒に何かを成し遂げる事は出来ていません。
お互いが
「相手の負担になりたくないから自分でどうにかしよう」
と変に気を遣ってしまっているのが原因だと思います。
しかし持って生まれた得意不得意はあるし、素直に自分の足りない部分は相手に補ってもらえばいいんじゃないかなと思うようになりました。
これから先の人生を考えた時、
1+1=2ではなくて、1+1=3の力を発揮できるチーム作りをしていきたいなと思う今日この頃です。

6、相性は時間とともによくなっていく

相棒に近い人からは
「由衣さんはお母さんみたいだよね。」
と言われることがしばしばあります。
淡々と、冷静で動じない私の性格がそんな印象を与えているようです。
しかし私が迷宮入りした時に俯瞰してアドバイスをくれるのは相棒。
特に仕事において、私が行き詰まった時に打開策に導いてくれるのはいつも相棒。
私に近い人は
「あなたの旦那はあの人だから務まるんだよ。」
と言います。
確かに
「トルコ行って、知らない人の家にホームステイしてお料理を習って来るわ」
なんて妻が受け入れられる人は少ないよね。
交際期間をほぼ設けずに結婚した私たちはお互い何かピンときたから結婚したんだと思いますが、
最初から相性が良かったかと聞かれたら、それは違うような気がします。
一緒になってからお互いが徐々に自然とうまくカスタマイズされて、相性がよくなったように感じています。
まだまだぶつかることもあるけれど、一歩づつ前に進んでいるのを実感しています。

7、私じゃなきゃダメなんだという事

正直なところ、漠然と
「奥さんという存在が大切なだけで、私じゃなくてもいいのかもしれない。」
と思っていた時期もありました。
同じような事を考えた事がある人も多いんじゃないかしら。
しかし離れてから、相棒は私に対する感謝の気持ちや尊敬の念を口にする事が多くなり、
「この人は私という個人を評価して必要としてくれているんだ。」
と感じるようになりました。

私はしばらくの間、月の半分を東京で過ごす予定ですが、
それでも半月一緒に暮らすと、恵まれた環境に慣れてありがたさを忘れてしまう時も必ずある。

結婚して家を出てから親のありがたみを実感したのと同じ様に、離れて初めて相棒のありがたみに気づきました。
だから私たち夫婦にとって半年別々に暮らしたことは、とてもいい勉強になりました。
そんな事もわからなかったのかと言われたらそれまでですが、34歳にして気付けたって事は人生の残り半分以上に活かせるという事だな。