【女性であること 後編 】

写真はバターサンドのブルーベリー。
8月中旬頃まで出せるかな。

先日、アップした「女性であること 前編」という記事では
「女性であることで生じる不利益が生じないようにするよう、こんな工夫をしています」
と言うことを書きました。
今日はその続き、ちょっと違った視点のお話です。
(完全に私の個人的な考えなので、あしからず)

久しぶりに読んだ本(ラジオで好きな武田砂鉄さんの本)の中にあった
「男性が多い政治の世界では、男性であることで恩恵を受けている人達が男女差をなくせるわけがない」
という文章を読んで、確かにそりゃそうだと妙に納得しました。
一方、そもそも女性側の意識が変わらないと男女差はなくならないよねとも思いました。


女性は女性である事で得する場面もあり、それを利用している事実もある。

例えば映画館のレディースデー。
飲食店のレディースセット。
どちらも徐々になくなってきているけど、女性である事で恩恵を受けている場面は意外とたくさんある。
重い荷物があったら多くの男性は率先して持とうとしてくれるし、
仕事を持たない女性は専業主婦と言われる一方で男性はヒモと揶揄される。(専業主夫という言葉もあるけれど、専業主婦と同じイメージを持つ人はまだ少ないと思う。)

そんな恩恵をちゃっかり受けながら
「男尊女卑、反対!」
「女性が輝ける世界を!」
と声を上げたとしても、説得力はないなと。
(私は決して男尊女卑を主張したいわけでも、女尊男卑したいわけでもはないので、そこはご理解のほどよろしくです)

世の中には男性に対する無意識のプレッシャーが溢れている。
女性自身が女性であることで受けている恩恵もあることを認めて手放してから、声を上げて初めてその土俵に立てるのではと思っています。

私で言えば、海外一人旅で女性である事の恩恵をたくさん受けました。
レストランで見知らぬ家族のテーブルに混ぜてもらえたり、ふらりといったパン屋さんで「こっちにきて一緒に作ろう」とパンを作らせてもらったり、満員電車では目の前に立っていた男性が私が潰されないように突っ張って守ってくれたり。
女性1人だから警戒されづらかったこと、弱者として守られたこと、その恩恵に受けたことは明確。
一方で女性(弱者とみられる)であるから狙われた場面もありました。
そして日本人は若く見えるから、手を差し伸べてくれる人はたくさんいました。
日本に対して好意的な感情を持っている人が多いという恩恵も受けた一方で、日本人である事で罵倒された事もありました。
つまり私は「女性」「日本人」というラベリングをされた結果、いい目にも悪い目にもあいました。
しかし圧倒的にいい目の方が多かったと思います。

日本人全員いい人で礼儀正しくてお金持ちなわけないのに、
女性だからって弱いわけじゃないのに、
無意識のラベリングってその人の判断を狂わせる。
特に初対面の場合は相手の情報を持ち合わせていない分、こうした無意識のラベリングで判断しがちになる。

また同じラベリングの中で連帯感を感じ、違う人たちを無意識に除外してしまう事も多々ある。
例えば、超大企業に勤務する友人に聞いた話。
社内には
「○○大卒の会」
というものがあるらしい。
ちなみにその大学は、日本において偏差値が高い大学。
単純に大きな会社の中で違う部署の人と「同じ大学卒」という共通点で仲良くなろうというきっかけなんだろうけど、除外されて嫌な感情になる人もいるでしょう。
また社会的に弱い立場になりがちなラベリングの場合、周りに対する攻撃性を持ってしまうこともあるなぁとも思う。

少し話がそれましたが、
もし「女性であることで受けている恩恵の存在」を女性自身が認めて、それを手放し、意識を変えることができたら、
その時には自然と男女格差とされるものはなくなっているんじゃないかなと思うのです。

やっぱり、何か不遇と感じているとか世の中に不満があるのなら、自分が変わることがまず最初の一歩だなと思う今日この頃です。
(何度も言いますが、私は男女格差を感じるような環境にいないのであしからず!)



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