【軸を持つ】

写真はかぼちゃクッキー。
かぼちゃの水分量の個体差はとても大きいので、仕上がりがいつも一定にならないお菓子。
プロなら一定にしなはれという真っ当なご意見は受け止めつつ、
心のどこかでそれは個性と割り切っている自分がいます。

お店に来てくださった方はわかるかと思いますが、
お店がのんびりな時にはお客さんと私、そしてそこに居合わせたお客さんとみんなで談笑することが多々あります。
お客さんは自分のことをただ話して発散する方じゃなくて、お互いの理解を深めてその場を楽しもうとしてくれる方が多いのでありがたい。(私が繁忙期でごめーん作業戻るわー、となる事も多々ありますが。)


先日、これから物作りを生業にしようとしている女性がいらして話をしていました。
聞いていたら、引っかからところはあったけど、とあるイベントの出店依頼を受けたと。
ちなみに私もお誘い頂いていたけどお断りしたよと話すと、
「ゆいさんは選べる立場だからいいけどさ」
と言われました。
その方は駆け出しだから、リスクを負ってでも出店したほうが今の段階ではいい、という判断だったらしい。

ここで一言。
私は今も昔も、お店を構える前も構えてからも、直感的に心地よくないと感じた輪には近付きません。
なぜなら、私は最初に感じた違和感って当たると思っているから。
そして、環境が人を作るから。
加えて、類は友を呼ぶから。
例え目先の利益があったとしても、そこはぐっと堪えて耐え忍ぶのです。
これぞ、ザ忍耐(頑固ともいう)。

そして
「あの人と繋がりを持っておいた方が良さそうだな」
という判断基準もありません。
なぜなら、そういう下心を持って他人の恩恵を受けようとして繋がる輪は
周りの人から自分もそう見られる輪の中に行くという事だから。
奪い奪われ、利用し利用される輪の中になんていきたくないやい。

もちろんそこにいることで安心をする人もいる。
その方が上手い立ち回りの場合もある。
会社などの組織では必要な場面がある事も理解できる。
ただ私は嫌だというだけ。
あっという間の人生の中で、そこに割くエネルギーと時間がもったいない!

じゃあ私はどんな判断基準かというと、
もしかしたら、私が何か役に立てるかも
そう思えたらゴー。
イベント出店でも、催事でも、デパート出店でも、カナダでのデモンストレーションの仕事もそう。
そのイベントや催事の一端として、お客さんに喜んでもらえる手助けができそうだなって思ったら、全力で挑みます。
そう思える、ということはその活動が人を楽しませられるものだと自分の中で解釈している証だから。


お店もそう。
地域の人が何か手土産を持って行く時に便利なお店、
生活の中でちょっと一息つきたい時に自分用お菓子を買うのにちょうどいいお店、
そんなお店を目指しています。
さすがに工場生産の安価なお菓子の値段の安さには及ばないのは、普段使いしにくいという点で心苦しいけれど。


通販もそう。
「疲れて仕事から帰ったらお菓子が届いていて嬉しかったです」
「疲労困憊の引越し作業のエネルギーになりました」
「知り合いへお返しにお菓子を送ったら喜んでくれました」
そんなご感想を頂けると、ほんとにほんとにほんとにほんとに嬉しいなと思います。

自営の個人店をやっていると、いろんな人に会い、いろんな機会に巡り会います。
特にお菓子は老若男女問わず食べるし、私は催事で外に出て行く機会も多いので、仕事関係者やお客さんなど、ほんとに多種多様な価値観の人がいることを痛感します。
その中で経験する事のほとんどは嬉しい事や楽しい事ですが、
「そりゃないぜ」
なことも出くわします。
相手が故意の場合もあれば、無意識の場合もあります。

そんな時は感情的にならないように深呼吸して、事実のみを見て、冷静に対応する。
次に同じような状況にならないように、システムを変える。

ちなみに私は何かお断りするときははっきりと言います。
イヤイヤ受けるより、お断りした方がそのお誘いしていただいた方やそこにいらっしゃるお客様にとっても良いはずだから。
後でメールなど文章にすると重く捉えられてしまう事も多いので、できる限りその場で
「ごめん、それはないかな。」
「ごめん、他に優先したいことがあるから参加できないわ。」
「ごめんなさい、それは参加見送ります。」
そう伝えます。
「断りづらいのに、よく言えるね」
と言われることもありますが、
断るということは、決して相手を否定しているわけではない。
相手を見下しているわけでもなくて、単に役に立てないなと思っての決断なので、変に気を遣う必要もないと思うんだよなぁ。
(日本人は断るのが苦手と言われるのは、断る=嫌悪感を持っていると解釈しているからでは?と思ったり。)

仕事においても、普段の生活においても、
自分の軸を持って、判断して、物事を進めていくって大事だなと思う11年目。
もちろん判断を間違う時もあるけれど、
自分を変に卑下したり、過小評価して縮こまったりせず、健やかにいきたいね。

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