【類友の法則】

写真は台湾で撮ったもの。
内装工事中の店内の様子です。
納品前の什器の上でごろっと寝転んでお昼寝している職人さんたち。
そしてその様子が大通りから丸見え。
きっと彼らになぜ寝ているのかと聞いたら、
「眠かったから」
と答えるんだろうな。
そんな表面を取り繕おうとしない、言い訳しない台湾人のピュアさに惹かれます。

よく占いで
「今年は12年に一度のよくない年です」
みたいな事を聞きます。
それが当たるかは別として、何かうまくいかない時の言い訳として便利なんだろうなと思っています。
実際は自分の動き方、つまりは自分のモノの捉え方や考え方次第で良くも悪くもなると私は思ってます。

自分の発する言葉が自分と自分を取り巻く環境を作る。
「しんどい」
と言っていたら、自分を取り巻く環境はどんどんしんどい方向になっていく。
“しんどい”に共感する”しんどい”と感じている人が集まってきて、
お互いが傷を舐め合うような環境が整っていく。例えばSNSに愚痴を投稿したら、その周りには同じような不満を抱えた人が集まってきて「わかるー!」となる、と言ったら想像しやすいかな。
逆に「楽しい」
と言っていたら、それぞれ楽しんでいる人が集まってきて、
もっと楽しいことができる環境が整っていく。
類友の法則といったら軽いかもしれないけれど、
この5年くらい、自分や周りの人を見て、それを痛感しています。

といっても、もちろん私もしんどい時はあります。
そんなときは仲のいい友人2人のどちらかに話して、解決策をねります。
そして解決した後、誰かと話している時にその経験の話が役立ちそうだなと思ったら笑い話として話します。
「もうさ、びっくりでしょ。でもほら、おかげでこうしてたくましくなるんだから安心しなはれ。」
みたいに。
マイナスな事こそ、役立つツールとして使ってなんぼ。

また物事がトントンとうまく進む時、
「間違った方向に進んでないんだな」
と思います。
逆に、嫌なことやうまくいかないことが続く時、いけすかない人が集まってくるなと感じたときは、
「間違った方向に進んでいるんだな」
と思います。
この直感は結構な確率で当たると思っています。

例えば2年前、台湾でいいお話をいただいて
「来年はちょっと無理してでも台湾で活動しよう」
と思っていたらコロナが蔓延して、延期になりました。
残念ではあったけれど、
「今じゃないってことなんだ」
と思いました。
実際、国分寺と厚木でお店を始めたばかりの時で、その2店舗にいらして下さるお客さんに喜んでもらえるよう、注力すべき時でした。

数年前に渉が愛知に住んで暮らしていた時(私は半分東京、半分愛知暮らしでした)、渉も私も別々に事故にあったり、怪我をしたり、病気をしたり。
猫たちに会えたことはかけがえのない宝ですが、
「今の私たちの動きは何か間違っているってことなんだ」
と思いました。
それから関東に戻ることになり、私自身はお店を持ったら負担が大きくなるから催事&行商&通販のみの営業スタイルを続けたいと思っていましたが、
流れに身を任せたらお店を始めることになり、
とんとん拍子にことが進み、開店。
結果的にこの先が楽しみと思える今を送っています。


実際、もしあのときにお店を構えていなかったら、コロナ禍を乗り切れませんでした。
商業施設の催事もなくなり(最近やっと復活してきた)、イベント系は未だ大手を振って楽しめるほど復活していないから。
危機いっぱーつ!
もちろんお店を構える前や構えてから辛いことや悔しいことも山のようにあったけれど、
それ以上に実りのある日々を送っています。
私はびっくりするくらいに過去をスコっと忘れてしまうタイプという話もあるけれど。

30代もあと1年ちょっと。
40代になるまでに、もう少し人間力をつけたいなと思う今日この頃です。