【言い訳の効果】

写真は薄皮を剥いたピスタチオ。
同じ姿勢で行う単純作業なので、定期的に肩をぐるぐる回して、伸びをして、体が凝り固まらないように気をつけています。

今日はそんな作業中にラジオを聴いていて、考えさせられたことについて。
コラムニスト、ジェーンスーさんの番組の中の視聴者からの相談コーナーで
「ずっと作家になりたいと思っています。ただ子供が小さかったので、ある程度手が離れたらと思っていたら、コロナ禍でフリーランスは仕事が減った人が多いと聞き、会社員をやめる決断ができません。子供やコロナを言い訳にしているのは自覚しています。どうしたら言い訳ばかりの自分を変えられますか?」
という相談がありました。
そこでスーさんが出した答えは、
「言い訳してるってことは、ご自身にそこまでの情熱と欲(作家になりたい、書きたいという欲)がないということをまず理解してからですね。ちょっとシビアすぎたかな。」
というものでした。
「その情熱と欲がない事は全く悪いことではなくて、ご家族と安定したその生活を送れていることがとても幸せなことなんだから。」
と。
私はその意見に激しく同意だと思った。

結局、人間誰でも言い訳をするけれど、
言い訳してる本人も、それを聞かされる周りの人も、誰にとってもいい影響はない。
その言い訳が他人への攻撃にすり替わることも多々あるけれど、それは誰にとっても害。
ならば、できるだけ自分が言い訳をしないですむように、
「自分にとっての優先順位を明確にしたら、言い訳に悩まされずに生きやすくなる」
ってことかなと。

客観的に自分を見ると、私はTSUCURITEに関して情熱と欲があると思います。
なぜかって、1週間のうち6〜6.5日は1日中TSUCURITEの作業をしていても飽きず、
やれること(お客さんが喜んでもらえるかなというアイデア)は尽きないし、
一つづつそれを実行したいし、
「自分の時間 = TSUCURITEとしての活動時間」
となっているから。
間違いなくTSUCURITEが最優先。
安定した生活より、自分自身がぞっこんになれる不安定なTSUCURITE生活が優先。



だから、仕事が手一杯で晩御飯が簡素になっても、ぜーんぜん気にしない。
自宅の掃除機がけができなくても、友達への返信が遅れても、勘弁してちょと自分の中で割り切っています。
それを友人や家族が理解してくれているという環境があってこそ、私がこうして生きていけていることは重々承知です、みんなありがとう。

やっぱりね、時間って有限。
仕事をもっと存分にしたいのに、子供のお世話や家事が邪魔をしてできなくてストレスフル、という同年代の辛そうなお母さんたちもいるけれど、
やっぱりね、時間って有限。
子育てをできてる自分を自分で認めてあげていいんじゃないかと思うのです。
だってあれもこれも満足にやりたいって言ったって現実的にできないから。
子供がいない38歳の私でさえ、もっと存分に仕事ができたらいいのにと思っているんだから、
どこまでいっても満足はないものなんだろなと。
やっぱりね、いい意味で割り切ることって大切。
言い訳なんていくらでも作れるし、
いくら頑張ったからと言ってもできることは限られているんだから、どんな環境下でも、その時のベストを尽くすことしかできないのさ。
そしてベストを尽くせた自分を認める。

自己肯定感が強めな私が言っても説得力はないかもしれないけれど、
思考の癖をうまーく修正していく。
自分を生きやすくするコツだと思っています。

ちょっと話がそれていきましたが、生きやすくいられるかは自分次第。
可愛げがないと言われたらそれまでですが、てへぺろ!

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