
写真はバターサンドのカカオ味。
チョコ好きな方に好評な夏のお菓子です。
今日はお客さんとの会話から考えてことについて書きます。
「もう私、年だから全然だめよ」
怒りとも悲しみとも取れる感情と共に年上の方からよく聞く言葉。
確かに私自身もこの1年くらいで、これまでは体力が尽きても気力でカバーできていたところが
「もう頭が一切動きましぇーん!」
という状況に直面することが徐々にでてきました。
体力の低下より脳の疲れやすさや気力の低下の方がボトルネックだと思う今日のこの頃。
しかしそれを憂いたところで不健康だし、何の解決にもならないことは明白。
しかも問題なのは老化していくこと自体ではなくて、老化していく自分へのガッカリ感や自責の念や怒りなどが湧いて心が乱されてしまうことだと思う。
だとしたら、
「老化にあらがうこと」
ではなくて、
「老化していく自分へのマイナスな感情をいかに減らすか」
「できることの総量が減っていくことを前提とした計画」
が大切になる。
人間は生きているだけで毎日小さな決断を繰り返していて、そこにたくさんのエネルギーを使っています。
だとしたら、生活をシンプルにしていくしかない!
というわけで、そのために具体的に私がやっていることは3つ。
・身の回りのものを見極める
単純に持ち物が多いと、その管理にエネルギーを使ってしまう。
若い時はいろんな服を着たいとか、モテ欲求があって当然だけど、ある程度の歳になると自分に似合うものはわかるようになるし、大切なのは服などの上っ面ではないことがわかってくる。
自分では楽しいと思っていても、今日着ていく服、バッグ、靴など選択肢が多ければ多いほど判断にエネルギーを使ってしまうから買い物をする時には必要なものかをしっかりと見極めて買う。
スーパーなどのポイントカードやアプリも同じで、損したくないという欲に漬け込まれて、対して必要ではないものを多くもたされているなぁと思う。
「いつか使えるかも」
と物をとっておくこともやめます。
・関わる人を見極める
お互いに気持ちよく付き合える人は健やかに生きていく上で大切な財産。
ただどちらか、もしくは両者が下心でつながっている人との付き合いは不要。
繋がっておくことで何かラッキーなことが享受できたとして、長い人生において重要なことではないなとつくづく思います。
そこに大切な時間とエネルギーを割くより、自分にとって大事な友人のお誕生日を祝ったり、自身の心身を労ったり、身近な人と一緒に時間を過ごすことの方が気持ちを豊かにしてくれます。
また私は誰かと話をする時、
「相手はこんな言葉が欲しいのかな」
と探る癖があり、そこにかなりのエネルギーを消耗してしまいます。
仕事上、いいスキルではありますが、
プライベートの友人はとことん心を許している数人だけで十二分。
・的確にあきらめる(認める)
「私はもっとできるはずだ!」
「次回はもっとこうしたい!」
というチャレンジ精神や自分への期待は死ぬまで持っていたいと思いますが、
「なんでこんなこともできないんだろう」
という自責の念や
「なんでやってくれないんだろう」
という他人への期待は捨てる。
後ろ向きな意味ではなくて、
「できない自分も認める」
「自分と他人は違って当たり前」
と認めることができたら、健やかに老いていけるのではないかと思っています。
人と比べてしまうと、できない自分や期待に応えてくれない他人に嫌な感情を抱いてしまいますが、
比べている”人”は自分の視点から見た”人”なので、正確に比べられるわけがないのであーる。
私は”しっかりもの”、”元気”、”前向き”という印象を持たれることが多いですが、
大きなポカもするし、疲れ切って床に転がる姿を身近な人はよく知っています。
(前向きなのは、後天的にそういう癖をつけていったので常に前向き)
そして私は先陣をきって未開の地に進んでいくことは得意ですが、
細かいところを整えることが苦手。
例えば会社の税務周りはどんどん変わって行く法律に対応して書類を整えて行くことが苦手なので、税理士さんにお願いしています。
生きて行く上で必須のスキルではないから、そこを必死に克服しなくても、適当な人に託せばOK!
一人で抱え込まなくてOK!
自分の気持ちを健やかに保つために、こんなことを考えている43歳夏。
できなかったり失敗した時には
「ごめんなさーい!」
「失礼こきました!」
と謝って、誰しもが持つ自分の得意なことで周りに貢献していけばよしなのである。

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